エリアス・トレスのデザイン
以前ご紹介した「フォーラム2004」のプロジェクトと会場設計に当たったエリアストレスのデザインをご紹介します。
2004年に開催されたForum Barcelona 2004(2004年5月9日~9月26日UNESCO後援)の会場となったエリアは都市再生の方向を示す意欲的な再開発プロジェクトです。再開発のテーマはまさにForum2004という国際フォーラムの掲げる「異文化の交流」、「持続型環境開発」、「平和」テーマそのものでした。
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以前ご紹介した「フォーラム2004」のプロジェクトと会場設計に当たったエリアストレスのデザインをご紹介します。
2004年に開催されたForum Barcelona 2004(2004年5月9日~9月26日UNESCO後援)の会場となったエリアは都市再生の方向を示す意欲的な再開発プロジェクトです。再開発のテーマはまさにForum2004という国際フォーラムの掲げる「異文化の交流」、「持続型環境開発」、「平和」テーマそのものでした。
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フランス人建築家ジャン・ヌーベルによる「Torre Agbar トラ・アクバル」は水道局の庁舎として設計されました。
その特異なフォルムは賛否両論あるもののバルセロナ市の新たなランドマークになったことは間違いありません。
Placa de Les Glories Catalancaに面して突如として、にょっきりと現れた弾丸状のガラスの塔は一直線に伸びる主要幹線道路3本が交差するロータリーに位置しているため、はるか遠くからその存在を見通すことができます。
周辺は老朽化したレンガ造りのアパートメントが集まる住宅地ですが、ガラスで覆われたトラアクバルの出現でみずみずしいイメージが周辺に滲み出し、乾燥したバルセロナの風景に潤いすら感じさせます。
鎧のようなガラスのルーバー
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今、スペインのバルセロナは世界の建築家が腕を競うホットコーナーとして注目を集めています。
中心地から東寄り、直線に伸びる主要幹線道路3本が交差するロータリーPlaca de Les Glories Catalancaに突如として、にょっきりと現れた弾丸状のガラスの塔はフランス人建築家ジャン・ヌーベルによる「Torre Agbar トラ・アクバル」。(次回詳述)
公共機関である市水道局の庁舎でありながらも市の新たなランドマークとしての役割を果たし都市空間における建築の価値を誇示するかのようです。
バルセロナ市の再開発は1979年から1981年に策定された新たな都市計画によって始まり、1992年のバルセロナオリンピックを経て今日に至っています。
バルセロナ市の都市計画と呼応して国のプロジェクトも動き出し、日本からは磯崎新氏設計によるオリンピック屋内競技場パラウ・サンジョルディ(1992年)が、そして現在建設中のモンジュイック地区のプロジェクトは伊東豊雄氏が手がけており、国際的に開かれたプロジェクトにより市全体にわたってレベルの高い再開発を進めています。
そのバルセロナの都市空間の大半を多くの建築家やランドスケープアーキテクトと共につくりあげてきた建築資材メーカー。それがエスコフェ社(Escofet 1886 S.A)です。
エスコフェ社は社名に年号を表しているとおり1886年に創業し、まさにバルセロナという都市を形作ってきました。
同社のアーバンエレメンツと呼ぶ製品群は都市空間における点、線、面を構成する要素として市内のいたるところで目にすることができます。
たとえばバルセロナの目抜き通りであるランブラスのペーブメント。カタルニャ広場から始まる広々としたグラシア通りはガウディのデザインによりエスコフェが製造したペーバーが敷設されています。
他にも観光客なら必ず訪れる場所にはエスコフェ製品が使われています。
エスコフェ社のアーバンエレメンツはスペイン国内にとどまることなく欧米各国の主要な都市空間プロジェクトにおいても高い評価を得ています。
その理由はどこにあるのでしょうか。
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2000年に完成したランブラ広場(Rambla del Raval/設計J.Artigues & P.Cabrera)は通称どろぼう通りと呼ばれ、文字通り治安が悪く危険地帯になっていました。この地区に光と風と人の流れを注ぎ込み街を再生するプロジェクトの皮切りにこの広場が作られました。
細い路地を挟んでひしめく様に密集した建物が光をさえぎり、風も通らない暗く老朽化した街区一帯をどうするか。
他の都市がそうであるように、古くから交通交易の要衝として栄えたバルセロナは移民も多く、市はスラム化し、犯罪の多発する街に頭を悩ましてきました。
このプロジェクトは、密集して暗くじめじめした街区の一部を取り除き、光と風を注ぎ込むために大きな広場をつくり、さらにその広場に面してシネマコンプレックスやミュージアムを作るというものです。
新たな人の流れをつくり、街区全体を活性化するためには何が必要か。ほぼ長方形のこの広場を構成している最も重要な要素は、街路灯と椰子の並木ではなく、その視軸線上はるかな山の頂上にあるTIBIDABOなのです。
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2004年に開催されたForum Barcelona 2004(2004年5月9日~9月26日UNESCO後援)の会場となったエリアは都市再生の方向を示す意欲的な再開発プロジェクトです。
再開発のテーマはまさにForum2004という国際フォーラムの掲げる「異文化の交流」、「持続型環境開発」、「平和」テーマそのものでした。世界から500万人が参加したこのフォーラムの内容の詳細についてはhttp://www.barcelona2004.org/eng/をごらんください。
この会場となった再開発地区サント・アドリア・ベソスはバルセロナ市に隣接した海岸沿い北東部に位置した街で、再開発対象面積は約50ヘクタールに及びます。
ベソス川沿いにあった古いアパート群は近代的な集合住宅に生まれ変わり、海岸にはアドリア港を中心に今回のプロジェクトの中核施設であるForum of the cultureと呼ぶエリア(約30ha)があります。
このエリアに、もともとあった国際展示場に加えて、下水処理場、アドリア港周辺を一体的に整備し、文字通り、文化交流フォーラムの場にして、周辺のスラム化を食い止め、環境問題に対する方向を提示していこうという意欲的な取り組みです。
テラス状に海に面した下水処理場上部には巨大な高屋根を架け海からの風が吹き抜けるセミオープン空間を提供しています。そこから人工浜やヨットハーバーに降りるところに10500㎡の面積を持つ巨大な太陽光発電パネルが建設され、このプロジェクトの意味とメッセージを無言で伝えています。
このオブジェともいうべき巨大なパネルは広大な階段広場を従え、そこからにょっきり突き出された、あたかも皿を持つような格好の4本の「指」で支えられており、皿には太陽が乗せられていることを暗示しているように見えます。
10500㎡のソーラーパネルを支える階段広場は海に向かって広大な日影をつくっている。そこを降りるとヨットハーバーになっており、水辺に生える葦(カタルニャ語でKanya)をイメージした街路塔(Escofet社製)が並んでいる。高さが15mあるKanyaと比べればその巨大さがお判りいただけるだろう。
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リンク: 緑化ふくおかフェア.
スペイン・エスコフェ社制作のNAGUISAが福岡市アイランドシティ中央公園に設置されました。
同公園を設計した伊東豊雄建築設計事務所はスペインでのプロジェクトが進行中で、その仕事を通じてエスコフェ社とのコラボが実現したものです。
NAGUISAは日本語の「なぎさ」をカタルニャ語で表記したもの。
今後エスコフェ社のラインナップに加えられ新製品として世界に発表されます。
写真:伊東豊雄建築設計事務所
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バルセロナ在住の日本人建築家、福田誠さんにいくつかのプロジェクトをご案内していただきました。
「バルセロナはヨーロッパの建築界の中で最も注目を集めている都市といえます。」
そういわれれば、久しぶりのバルセロナはどこか埃っぽいなと感じましたが、まさに街中が建設ラッシュのようでした。
市の中心から東に伸びる道路をオリンピック村から海岸沿いに抜けると工場や倉庫街を公園や高層住宅に再開発したエリアが広がります。
その一角にあるParc de Diagonal-MarはE.Mirallesの手がけたプロジェクト。
ジェットコースターのレールを思わせる鉄製の構造物に陶器の破片をはめ込んだ巨大なプランターが乗っていたり、蛇篭の様に鉄筋で編んだ石垣など、ミラレスの独創的なアイデアを見ることができます。
蛇篭風の擁壁は制作途中ではなく完成したもの。日本なら危ないなどと確実にクレームが付くでしょう。
その前のベンチはA.Viaplanaと H.PinonデザインのBanc-U(Escofet製)
福田さんはミラレスのもとで8年にもわたり様々なプロジェクトに携わり、2002年ミラレスの死後も彼が手がけてきたいくつかのプロジェクトを引き継がれてきました。
波のうねりを象ったLUNGO MAREも遺作のひとつ。すべての曲面は人体に沿っており、福田さん自身の持つカーブによって完成されたものだそうです。
さすがに、ガウディからの歴史があるだけにバルセロナ市民にとって、建築は芸術そのもの。実に大らかに受け入れられています。
ミラレスの独創性もまた、このカタルニャの風土が育んだものに違いありません。
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●人造石Vibrazo
スペイン内戦時もエスコフェ社はモルタルベースのモザイクタイルの製造を集中して継続、1920年代には半手工業からオートメーション化を図りました。
1950年代に入りコンクリートに石を混ぜ、圧縮した人造石のVIBRAZO(イタリア語でTerrazzo)をスペインで初めて製造開始。バルセロナ市の発展と共に都市空間を構成する建築材料として多くの公共的建築に採用されてきました。
鉄道、地下鉄の駅の舗装、街路、広場など人々が歩き、集い、憩う場所のほとんどはエスコフェ社のVibrazoで舗装されているといっても過言ではありません。いわば、バルセロナ市の文化を工業デザインの分野から支えてきたのです。1970年代に入り、床や舗装材ばかりではなく、圧縮強化コンクリートによるビルの外壁材の製造を開始しました。
●アーバンファニチャーの製造へ
1979年にはRamon BeneditoとJosep Lluscaのデザインによるベンチや水飲み,街灯などのアーバンファニチャーラインの製造販売を開始。1987年にはXavier Guellのコーディネートによる多くの建築家-Jaume Bach, Gabi Mora, OscarTusquets, Elias Torres, Josep Lluis Canosa, Jose A.Martinez Lapena, Albert Viaplana, Helio Pinon―が参加しエスコフェ・アーバンファニチャーのラインアップを構成しています。
1988年のワールドフェア、1992年のオリンピックを経てこれらアーバンファニチャーの需要が拡大し、更にEU連合加盟により、EU各国の都市計画にこれらの製品が採用されています。
●世界の建築家とコラボレーション
1992年、磯崎新氏設計のPalau Sant Jordiにはエスコフェ社製の多くのプレキャストコンクリート製品が使われています。
また2005年には伊東豊雄氏デザインの“NAGUISA”を発売します。![]()
E.Mirallesの遺作のひとつになった、LUNGO MARE はベンチというよりはオブジェだが人体の曲線により構成されている。
世界で活躍する多くの著名建築家がエスコフェ社とのコラボレーションを行っています。
また、現在Antoni Gaudiが設計したサグラダファミリア大聖堂の構造を支える3次曲線で構成された複雑な形状の支柱や壁などを手がけています。
芸術性の高いデザインは高い技術と歴史に磨かれた品質に対する信頼によって実現します。そのデザインこそが信頼の結実したかたちでありエスコフェ製品の最大の特徴でもあるのです。
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